交通事故の示談金180万円、生活が苦しくても、すぐに示談してはいけない理由

 

こんにちは。東京は多摩地区八王子市の伊橋行政書士です。

交通事故に遭い、治療を続けながら仕事や生活を立て直そうとしている方にとって、保険会社から提示される示談金は大きな意味を持ちます。

特に、事故によって収入が減り、貯金も少なくなっている状況では、まとまったお金が入ることに安心感を覚えるでしょう。

しかし、私は、生活が苦しいときほど、示談の判断には慎重になる必要があると考えます。

なぜなら、示談によって目の前の資金不足が解消しても、その後の生活まで守れるとは限らないからです。

重要なのは、示談金をいくら受け取れるかだけではありません。

これからも働けるのか。
家族の生活を維持できるのか。
将来、後遺症が残った場合に対応できるのか。

こうした問題を整理してから判断することが大切です。

【相談事例】

ある47歳の男性のケースを考えてみます。

男性は個人事業主として内装工事業を営み、事故前は年間約480万円の所得がありました。

妻と高校生の長女、小学生の長男との4人暮らしです。

8か月前、信号待ちをしていたところ、後方から自動車に追突されました。

事故後、右肩の痛みと右手のしびれが続き、以前のように仕事ができなくなりました。

内装工事は身体を使う仕事です。

腕が十分に動かなければ、受注できる仕事も限られます。

収入は減少し、貯金は約75万円まで減ってしまいました。

さらに、事業資金の借入金が約320万円残っています。

そんな中、相手方の保険会社から180万円の示談金が提示されました。

男性はこう話します。

「180万円でも今の自分には大金です。借金もあるし、もう示談して終わらせたいんです」

一方、妻は反対しています。

「今後も仕事ができなかったらどうするの。180万円では生活できないでしょう」

男性はまだ治療中で、医師から症状固定の判断も出ていません。

この状況で、示談に応じるべきでしょうか。

【この問題の本質】

私は、この問題の本質は、示談金180万円が高いか安いかということではないと考えます。

本質は、経済的に追い込まれた相談者が、将来の生活を十分に見通せないまま、重大な判断をしようとしていることです。

男性が示談を急ぐ理由は理解できます。

保険会社とのやり取りは負担になりますし、治療が長引けば精神的にも疲れます。

家族に迷惑をかけているという思いもあるでしょう。

しかし、今の苦しさから解放されたいという気持ちと、将来の生活を守るために適切な判断をすることは、必ずしも一致しません。

ここを分けて考える必要があります。

【よくある失敗】

交通事故の示談で注意したいのは、目の前の金額だけで判断してしまうことです。

例えば、180万円を受け取れば、当面の生活費や借入返済に充てることができます。

しかし、その後も仕事が十分にできなければどうなるでしょうか。

半年後、1年後に再び生活費が不足するかもしれません。

また、症状固定前に最終的な示談を成立させると、後から症状が残った場合に追加の賠償を求めることが難しくなる可能性があります。

もちろん、示談書の内容や事情によって判断は異なります。

ただし、一度成立した示談を簡単にやり直せると考えるべきではありません。

もう一つの失敗は、事故による収入減少を十分に証明できないことです。

個人事業主の場合、売上が減ったという説明だけでは足りないことがあります。

確定申告書、帳簿、受注記録、取引先とのやり取りなどを整理する必要があります。

事故以外の理由による売上減少があれば、それも区別しなければなりません。

【私ならどう考えるか】

私なら、まず示談を急がず、生活資金と将来の損失を並行して整理します。

ただし、単に「示談してはいけない」と伝えるだけでは不十分です。

生活費が足りない相談者に、結論を先延ばしするよう求めるだけでは、現実的な解決にならないからです。

まず確認するのは、今後3か月の生活費です。

家賃、食費、光熱費、借入返済、医療費など、必要なお金を具体的に計算します。

次に、現在の収入と預貯金で何か月生活できるのかを確認します。

そのうえで、利用できる保険制度や当面の資金確保策を検討します。

例えば、自賠責保険には一定の要件のもとで被害者が直接請求する制度や仮渡金制度があります。

利用できるかどうかは個別の状況によりますが、最終示談以外の選択肢も確認する価値があります。

同時に、医師に治療の見通しを確認します。

現在の症状が改善する可能性はあるのか。
仕事にどの程度の制限があるのか。
後遺障害が問題になる可能性はあるのか。

こうした点を確認せず、将来の損失を判断することはできません。

【最善策】

私は、最善策は「示談を保留しながら、生活再建の計画をつくること」だと考えます。

具体的には、3つの問題を分けて整理します。

1つ目は、身体の問題です。

治療状況を確認し、症状固定や後遺障害について見通しを立てます。

2つ目は、お金の問題です。

当面の生活費を確保するとともに、事故による休業損害や将来の収入減少を整理します。

3つ目は、仕事の問題です。

以前と同じ現場作業が難しい場合、見積業務、施工管理、外注化など、身体への負担が少ない働き方を検討します。

もちろん、実際に可能かどうかは事業内容や身体の状態によります。

重要なのは、賠償金だけに将来の生活を依存しないことです。

【なぜ法律だけでは解決できないのか】

法律上は、交通事故によって生じた損害について、一定の要件のもとで賠償を求めることができます。

しかし、仮に十分な賠償金を受け取れたとしても、それだけで生活が元に戻るとは限りません。

仕事への不安。
家族との関係。
子どもの進学費用。
借入金の返済。
身体の痛み。

こうした問題は、示談が成立したからといって自動的に解消するものではありません。

また、家族の意見が分かれることもあります。

本人は早く終わらせたい。
妻は将来が心配だから反対する。

どちらにも理由があります。

私は、このような場面では、誰の意見が正しいかを決めるよりも、家族全体が将来のリスクを理解できる状態をつくることが重要だと考えます。

本人の希望を尊重することと、本人の希望どおりに直ちに行動することは違います。

十分な情報を得たうえで、本人が納得して判断できるようにすることが大切です。

【実務上のチェックポイント】

交通事故の示談を検討するとき、私なら次の事項を確認します。

・現在も治療が続いているか
・医師から症状固定の説明があったか
・後遺障害が残る可能性はあるか
・提示された示談金の内訳は明確か
・示談書に追加請求を制限する条項があるか
・事故前後の収入を資料で比較できるか
・事故以外の収入減少要因はないか
・今後3か月の生活費を確保できるか
・借入金の返済に支障が出ていないか
・加入している保険で利用できる制度はないか
・身体に負担の少ない働き方へ変更できるか
・家族が将来の生活について共通認識を持っているか

これらを確認することで、単なる賠償金の交渉ではなく、生活再建を見据えた判断が可能になります。

【まとめ】

交通事故の示談では、早く解決することが必ずしも最善とは限りません。

特に、治療中で将来の症状が不明な場合や、事故によって仕事ができなくなっている場合は慎重な判断が必要です。

一方で、生活費が不足している人に対して、ただ示談を待つよう求めることも現実的ではありません。

私は、まず生活を守ることを優先すべきだと考えます。

そのためには、示談を急がず、当面の資金確保、治療の見通し、将来の収入、家族の生活を同時に整理することが重要です。

法的に最大限の賠償を得ることが、常に本人にとって最善とは限りません。

しかし、生活が苦しいからといって、十分に検討せず権利を手放すことも避けたいところです。

重要なのは、誰が正しいかではなく、これからの生活を守れるかです。

私は、示談金の金額だけではなく、示談後の人生まで見据えて判断することが、交通事故問題の本当の解決につながると考えます。

【関連法令・制度】

■ 民法第709条・第710条
不法行為による財産的損害や精神的損害の賠償に関する規定です。

■ 民法第724条・第724条の2
不法行為による損害賠償請求権の消滅時効に関する規定です。生命・身体を害する不法行為には特則があります。

公式URL:
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

■ 自動車損害賠償保障法第16条・第17条
自賠責保険における被害者の直接請求や仮渡金請求に関する規定です。

公式URL:
https://laws.e-gov.go.jp/law/130AC0000000097

※請求期限や支払要件は、請求の種類や事故の状況により異なるため、個別の確認が必要です。

【免責文】

本記事は、架空の相談事例をもとに、交通事故の示談と生活再建について一般的な考え方を解説したものです。

実際の賠償額、後遺障害の認定、保険金の請求、消滅時効、示談の効力などは、事故の状況や契約内容、医療記録等によって異なります。

本記事は個別事案に対する法的助言や特定の結果を保証するものではありません。